大阪地方裁判所 昭和28年(レ)7号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実〕控訴人は被控訴人先代から本件家屋を借りていたところ、被控訴人は先代死亡後無断転貸を理由として契約解除の意思表示をしたのち調停申立を為しその結果昭和二十七年七月三十一日迄の期限で賃貸借を継続すること、控訴人が右期限内に任意に明渡をしないときは強制執行を受けても異議がない等の調停が成立した。控訴人は執行力排除の判決を求めて一審で敗訴したので第二審たる本件において更に次のように主張した。
控訴人が調停に応じたのは契約解除が有効であると信じたためであるが、(1)契約解除の意思表示は共有物管理についての保存行為には該当せず従つて共同賃貸人全員から意思表示をすべきであるのに被控訴人が単独でしたのであるから無効であり(註、被控訴人は弟妹と共に相続をしたもの)、(2)叔父を一時同居させたのみで無断転貸の事実がないからこれを理由とする契約解除は無効である。従つて本件調停条項の承諾は調停において当事者間に成立した私法上の法律行為の要素に錯誤があつたものとして無効であるから、調停調書も無効である。これが控訴人の主張の要旨である。
〔判斷〕控訴棄却。
「民事調停法第十六条によれば調停に於て当事者間に合意成立し之を調書に記載したときは其の記載は裁判上の和解と同一の効力を有すと規定し民事訴訟法によれば裁判上の和解は確定判決と同一の効力を有し判決には主文及理由を記載し確定判決は主文に包含するものに限り既判力(従つて執行力)を有するが故に判決は主文と理由に付確定力を生じ之が不一致は既判力を害することあるべく裁判上の和解も稀に錯誤の問題を生ずる余地なしとしない。併しながら元来調停は当事者の互譲により条理にかない実情に則した解決を図ることを目的とし事実に対し法の適用を目的とするものでない尤も民事調停法によれば調停の申立にはその趣旨及紛争の要点を明にし証拠書類の差出を規定しているけれども之等は訴訟に於ける請求原因乃至証拠の提出とは異なり調停の基礎を為すものではなく当事者及調停委員会(必ずしも法律家のみではない)は法律的拘束を離れ自由にその主張を討論し其の間互譲の精神により実情に則した条理にかなつた合意の成立を企図するものである従つて討論の対象となつた相手方の主張に付厳密なる法律的評価を加えることは必要でないのみならず調停の精神に適しない若し調停に現われた紛争には厳格な法律効果を論じその基礎に立つて調停を成立せしめるとすれば夫は互譲の余地なく調停に非ずして法の適用による裁判である之を本件に付て云えば被控訴人の申立てた契約解除は控訴人の主張する理由により法律上無効であるとしても控訴人はその無効を論ぜずして或は無効の主張を放棄して被控訴人の家屋明渡の調停に応ずることを得べくその際控訴人に於て契約解除が有効と信じたと否とは合意の効果に影響ないものと解する即ち申立人の無断転貸を理由とする賃貸借解除の意思表示が法律上無効であつても相手方は正当の事由による解除の効力を認め家屋明渡の合意を成立せしめることは毫も差支ないと同時に後に至り申立人の解除の意思表示の無効を理由に調停の成立を否認することは許されないそれと同様に調停の申立自体は法律要件を具備しない(契約解除の効力を有しない)ときと雖も賃借家屋の明渡(家屋の明渡を受けることは共有権者の一人が保存行為として為し得ることは明である)という合意の成立は実情に即し条理に背かない限り之を認めて差支えない夫れ故控訴人の本件調停の成立に錯誤があり若しくは調停自体が法律上無効であるとの主張も亦之を採用し得ない」。